キャリア徒然日記

キャリアを中心とした人材マネジメントについて思いつくままに綴っています。

サニー・ハンセンの思想は日本の実情を踏まえて再定義する必要があると思います

前回に引き続き、サニー・ハンセンの「統合的ライフ・プランニング」について考えてみたいと思います。

今回のテーマは、「サニー・ハンセンの思想を現代日本的にアレンジするとどうなるか?」です。それを考えてみようと思ったきっかけは、前回ブログの終わりにも書いた、「日米における精神性の違い」でした。サニー・ハンセンの「統合的ライフ・プランニング」には6つの重要な課題を挙げています。

【統合的ライフ・プランニングにおける人生の4つの役割】

1.労働(仕事)

2.愛(家庭と子育て)

3.学習(公式および非公式な教育)

4.余暇(仕事以外に従事する活動)

 

【「統合的ライフ・プランニング」の6つの重要な課題】

1.グローバルな視点から仕事を探す

2.人生を意味のある全体の中に織り込む

3.家族と人生をつなぐ

4.多元性と包括性に価値を置く(文化的感受性を高める)

5.スピリチュアリティと人生の目的を探求する

6.個人の転機と組織の変化のマネジメント

※なお、サニー・ハンセンはその後「健康」を加えていますので、以後の文章では「7.健康」と加えて7つの課題とします。

 

この7つの重要課題なのですが、「フムフム」と素直に同意できる点がある一方で、「それ、ちょっと日本の実情に合っていないのでは?」と感じる点があるのです。

どのあたりに違和感を感じるのか、それは特に以下の課題です。

1.グローバルな視点から仕事を探す

日本でもグローバル企業では、東南アジアや南米、アフリカなどへの新興国への赴任も増えてきましたが、日本を離れて働きたいと思っているビジネスパーソンはまだまだ少数派です。すなわち、欧米と日本ではグローバルの進展度に大きな差があります。それに加えて日本人は多様性、言語の壁、内弁慶的な志向など特有の性質を加味すると、「グローバルな視点から仕事を探す」は未来の大きな目標として、現実妥当的な課題に置き換える必要があると考えます。

3.家族と人生をつなぐ

「家族と人生をつなぐ」という課題自体は全くその通りだと思います。僕が違和感を感じたのは、サニー・ハンセンが特に家庭の中で男性と女性が共同でキャリアプランニングを行う必要がある、ということを強調している点です。このことを否定するのではなく、日本には日本人特有の家族とのつながり方があることを加味すべきだと感じたからです。例えば、以下のような点ですね。

少子高齢化 ⇒ 年老いた両親の介護や費用面の支援、子育て環境の悪さ、パートナーを持たない独身男女の増加

●労働 ⇒ ワークライフバランスの取れた労働環境の乏しさ、会社と社員の関係が未だに従属的(精神面の従属性や自立意識の乏しさも含めて)

年老いた両親との関係だって家族とのつながりだし、家族とのつながりが弱くなった独身男女がそれをどのように認識するか、なども考慮した上で、日本流に「家族と人生をつなぐ」ことを定義したらいいのではないかと思いました。

4.多元性と包括性に価値を置く(文化的感受性を高める)

これも上記と同様、課題自体には全面的に同意です。ここで考えたくなったのは、やはり西洋人と日本人の精神性の違いです。そもそも西洋人は多民族国家が多く、歴史的にも多様性と包括性の重要性はとても感じています。ダイバーシティマネジメントなんて欧米の企業は日本の企業が高度成長期で一生懸命やっている中、とっくにやっていました。でも日本は「ムラ」社会ですからね。封建時代は町や村単位で長い時間をかけて価値観がすりあわされており、戦後は企業が「ムラ」の役割を果たしました。「同一性」であることが物凄く重要だったわけです。その「企業ムラ」が失われた20年を経ていよいよ崩れようとしている、そんな時代を今迎えているのではないでしょうか。

ということで、「多元性と包括性に価値を置く」はやはり大きな目標として掲げておいて、日本向けの現実打倒的な多元性と包括性を定義すべきではないかと考えました。

5.スピリチュアリティと人生の目的を探求する

これは、前回述べた通りです。

ハンセン自体の精神性が高いこと、またハンセンの周囲の人たちの精神性もまた高いんだろうな?と感じます。一方で精神性の高さという面での日米格差は存在しているのか?、という素朴な疑問を感じます。

日本占領軍の司令官マッカーサーが日本を去る際に、「日本人の精神年齢は12歳だ」と言ったことは、現代にも通じるような気がしてなりません。

 ここも、日本の現状を踏まえた定義が必要なところだと感じます。

 

以上ですが、読者(いるのか知りませんが)の方はどのように考えるでしょうか?なお、現時点では私なりの定義は持っておりません。でも考えてみたいので少し時間を下さい。