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キャリア徒然日記

キャリアを中心とした人材マネジメントについて思いつくままに綴っています。

「こんなに油の抜けた人を見たのは初めてだ」と友人の女性に言われてしまいました

今日は軽めの話題を。

先日、友人宅でいつも遊んでもらっている男女混合の忘年会がありました。

このグループは、ビジネスクールの同期がベースなのですが、見事に男女独身!50も視野に入ってきた独り身ですと、信頼できる仲間づくりがとても大切なのですよ。ということで、僕も含めたこの4名は、一緒に海外に行ったり定期的に飲み会をやっています。

 

そこで鍋をつつきながらお酒が進んでくると、普段はなかなか出来ない、一歩踏み込んだ話になります。タイトルの”「こんなに油の抜けた人を見たのは初めてだ」と友人の女性に言われてしまいました”は、その時に繰り出された一撃です。

詳細はあまり聞かなかったのですが、良い意味でも悪い意味でも、って言っていたので両面あるのでしょう。

ただ、僕としてはこの言葉を貰えたのはちょっと嬉しかったりします。

10年前に前職の会社に管理職として転職し、役員目指してギラギラとしながら進んでいましたが、肝心の仕事に対する満足感はちっとも上がりませんでした。頂いている仕事だって、人事企画課長、人事部次長、事業部戦略部長、教育責任者というスペシャル豪華なラインナップ(笑)。転職後すぐに人事制度改訂(なんと導入が1か月後に迫っていたのに詳細設計が出来ていなかった)に着手してきちんと着地させたこと、私を引っ張ってくれた人事部長が退職して実質的な人事責任者になったこと、医薬品開発支援事業の海外企業と提携を実現させたこと、海外留学生採用の責任者としてこれまで取れなかった飛び切り優秀な人材を多く採用したこと、教育責任者として人材開発体系を作成したり、社長が主体的に参加される次世代リーダーシップ研修を開発・運営したり、と第三者的にみれば結構な成果を上げてきたと感じられると思います。

でも、僕はそこに満足感、そして自己肯定感をちっとも感じることがありませんでした。そこに非常に個性的で優秀な上司がいつもいらっしゃったからです。本当は僕がやるべきコンセプト作りや様々なアイデア出しを非常に骨太に出してきて、それに加えて仲間と一緒に成果を上げていくという決意と絶対に良い成果を上げようとする実践力をお持ちでした。そして人間的な器もとても大きいのです。比較する必要はないのですが、どうしても身近にいる優秀な人のことを見てしまいました。

そして、段々と劣等感を抱くようになってしまいました。その原因は、その人を全面的に認められなかったからだと思います。どこかに自分が勝っている部分を見出したいという感情が潜在的にあったのでしょう。

この人に対して持ってしまう変な嫉妬心だけでなく、自分がこれまで嫌だっと思うところを溶かして無くさなければ次の人生は始まらないことを、自分との対話の中で気づいていました。そして、そのような心の奥底に沈んでいる「何か」をつかみ取るのには多くの時間と自分との対話が必要でした。

そして、人との関係性をもっともっと増やして、1つ1つを心地よいものにしなければならないことに思い当たりました。そのためには、前職の上司に抱いていた変なコンプレックス、大企業でのギラギラした出世欲、人との心の距離の遠さ、などを溶かしてなくしたいと思いました。そういう油を洗い流さなければなりません。

ということで、「油の抜けた」と言われたのは、その効果が出てきたことに他ならないわけです。

 

しかし、私は「霞を食って生きる仙人」を目指しているわけではなく、「現実世界で幸せに生きる人間」を目指しており、そのためには動力としての油も必要になります。

次の僕の課題は、「どのような良質な油を入れて人生を加速させるか」なのかも知れません。

 

 

※「霞を食って生きる仙人」も、実は以前友人から言われたことがあります(笑)

目的なく海外の街をブラつくことの大切さ2

先週台北に行ってきたことは前回の記事で書きました。

僕はキャリコンの勉強をする中で出会った「経験代謝」がお気に入りで、旅から帰った後にも自分で旅を振り返ってみたのです。そして、今回の旅を感性に着目して振り返ると、以下のようなことを思いついたわけです。

「街」を体感して自分の行動範囲を広げる

●価値観を揺さぶる

●思考を止める

●行動力を高める

●本能・欲求を呼び覚ます

●美に触れる

 

ひとつずつ簡単にコメントします。

「街」を体感して自分の行動範囲を広げる

これは僕が旅を趣味にする中で、更に細分化された趣味です。僕は東京に住んでいますが、どこの町がどのような様子かはすっかり把握しているので、交通機関を駆使して自由に出かけられます。それの海外版ですね。バンコクはだいたい「自分の街」化ができており、次のターゲットは台北を中心とした各都市に定めています。まあ、台湾は日本語も結構通じるので難易度は低めだと思います。

今回の旅行では、台北をだいぶ「自分の街」にした感覚がありますが、まだ行けていないところがあるので、あと数回の訪問が必要です。

 

●価値観を揺さぶる

今は独立して収入もほとんどない状態なので、コスト優先の旅を意識しています。以前は東南アジアの都市では数千円出して居心地の良い宿を取っていましたが、そこの価値観を変え、今流行のおしゃれゲストハウスに興味を抱くことで、楽しみながらコストを下げることが出来ます。また、以前は避けていたドミトリー(相部屋)に挑戦してみたり、B級グルメを楽しんだりしました。

結果、自分はほとんど贅沢を求めなくても結構楽しめる人間なんだな、ということを再認識出来ました。

なお、今回残念だったのは、台湾の人とのふれあいや宿泊人たちの接点が全くなかったこと。ドミトリー、挨拶もろくにしない雰囲気というか室内は静かにというのが原則なので話しかけるとかはなかったです。共有スペースも1軒はほとんどアジア人のグループで占められており、もう1軒はほとんど誰にも合わなかったです。オフシーズンなんですかね?

 

●思考を止める

旅行前は、キャリアコンサルタントの試験のこと、ビジネスのことで頭が一杯になってしまい、ちょっと疲れてきたので、旅行は良い休息になりました。息抜きって大切ですね。

今回、当初の旅の目的としていた、「旅行しながら仕事をする」があまりはかどらなかったのは、そのような理由がありました。

 

●行動力を高める

主にB級グルメですが、ネットで情報収集を行い、さっと出かける。台北は少し歩けば美味しそうな地元ローカルの店は沢山あります。でも、そんなところには目も向けずに行きたいと思ったお店に行ってみるわけです。自分の本能(食欲ですが)や直感を迅速に実行する行動力が磨けたと信じたい。

 

●本能・欲求を呼び覚ます

上記の「行動力を高める」で述べたとおりです。本能・欲求を想起してから行動して現実世界で体験できるわけです。だから行動力と対の関係です。

こういう本能とか欲求をきちんとキャッチできるようになるために、僕はヨガをやっているのだと思います。

 

●美に触れる

これは、故宮博物院のことです。前回の記事でも褒めちぎりましたが、本当に「中華の素晴らしい美術品の数々が多数存在している世界No,1の美術館」だと思います(あれ、前回東洋一って言った気がするけど、まあいいや)。

こんな素晴らしい美術館に、成田・台北往復1万5千円でこれる世の中になったわけですよ。本当にありがたいことです。

 

最後の最後になりますが、僕にとって旅は自分に様々な影響を及ぼしてくれるお手軽な手段なのです。旅に「自己概念の成長」という考え方を取り入れ、自分にどのような影響があったかを自分自身に問いかけ続け、新しい意味を出現させるのです。それが、自分に取っての自己概念の成長に結びつきます。

目的なく海外の街をブラつくことの大切さ

先週、台北に4泊5日で一人旅に行ってきました。

目的は特にありません。

強いて言えば、「東京の街を歩くように、台北という町をブラブラしたい」が目的です。これは何となく将来へと繋がっている行動だとも思っているのですが、僕は仕事をする際、なるべく場所に制約を受けないことを目指していて、働く場所の選択肢の一つとして海外も視野に入れています。これまでの旅行ではそういうことは全く意識していなかったのですが、実際にアジアを訪問する際は、サービスアパートメントと呼ばれるショートステイOKのマンション型宿泊施設に泊まることが増えていました。

また、世界一周でもリスボンバルセロナ、フランクフルトではアパートメントに宿泊するなど、疑似地元民として街に溶け込もうとしていました。

台湾はこれまであまり訪問したことはなかったのですが、数か月前に友人達と台北を訪れる機会があり、この町の面白さを体感したことがきっかけとなり、今回訪問することにしました。

航空会社はLCC、現地宿泊施設は今回はアパートではなくゲストハウスに2泊ずつ2ヶ所に泊まることにしました。いずれも台北駅から徒歩圏内です。

今回はあえてアパートメントではなく、ゲストハウスという選択にしました。その理由は、前回の台北訪問で先乗りしていた自分は、友と合流する1日前に1人で宿泊するこにし、その時ゲストハウスに泊まったんです。宿泊情報を集めていたとき、メチャクチャ綺麗そうなゲストハウスが紹介されていたんです。早速Agodaで見てみると、メチャクチャ綺麗やんけ、ということで宿泊してみました。その結果は、「大満足」でした。過去の海外旅行でもゲストハウスに泊まったのは数回、ドミトリー経験は全くなかったのです。なので、前回の台北での宿泊が、ドミトリー初デビューとなったのです。でも、シーツはゆったり清潔、部屋もゆったり、荷物置き場もしっかり鍵がかかり、共有施設のトイレ兼シャワールームもとても綺麗。「ほえー、これが台湾の最新ゲストハウスなのか。」と感心した僕は、「他のゲストハウスも偵察したい!」という欲求が湧いてしまい、今回ゲストハウス2つをはしごするということになりました。

そして、現地でも情報をネットで仕入れながらブラブラし、そして仕事の時間もちゃんと取って海外で仕事が出来るのかどうかも検証することにしました。

結果、訪問したのは以下のような場所です。

●2ヶ所のゲストハウス

結果からいうと、前回泊まったところよりも価格を落とした分、満足度は前回には及ばなかったです。でも1泊1500円で泊まれるなら充分過ぎます。ドミトリーですが、睡眠を妨げるような要素はないです。周囲の音、温度、ベット、カーテンなど問題がある宿はなかったです。

●いくつもの現地B級グルメの名店

日本では食べられない味が格安で食べられます。朝食の豆乳屋、うなぎ屋、魯肉飯(ルーローハン)屋、阿宗麺線(これだけ何故か店名)、朝から小籠包を出す店、などなどを日本で美味しい店を探すがごとくネットを駆使し、色々な店に行ってみました。もう外れなしです。しかも300円くらいというコスパ。あ、有名店は殆ど日本語メニューがあって、伝票に自分でオーダーするので簡単です。

故宮博物院

僕ランク的に、東洋美術館No.1です。ダントツで。中国三千年の歴史から生み出された中国美術品の至宝の数々が全3フロアにちりばめられています。最近嘉儀に南院がオープンしてそちらにも一部移管されたので、至宝度合いは以前より若干下がった感がありますが、それでも今でも凄いコレクションの山です。

●世界一のバリスタがいるカフェ

ネットで調べて朝8時に訪問。台北の素敵なカフェで美味しいコーヒーと朝食を取るなんて思いもよりませんでした。ここで仕事や勉強もやってみました。

●プロジェクション・マッピング

新北市板橋駅前にある新北市庁舎を使ってクリスマス的なプロジェクション・マッピングを行うイベントを毎夜やっている、という情報をネットでキャッチしたので行ってみました。日本でもプロジェクション・マッピングを殆ど見たことがないのですが、シンガポールのアーティスト集団が作成したというプロジェクション・マッピングは、非常にポップで楽しいものでした。あと、この市庁舎は33Fの展望台が無料とのことで、ついでに行ってみて台北の夜景を堪能しました。

●食品のお土産購入のため誠品書店と迪化街

迪化街は食品の問屋街で、かなり安い価格でカラスミ、きのこ類、ドライフルーツなどが買えます。ここでは、マンゴーとイチゴのドライフルーツを各1斤(600g)1300円くらいで購入しました。後は、キノコの姿そのままをチップスにしたキノコチップスを買いに誠品書店に行きました。

龍山寺

台湾現地駐在の友達に連れられ、4年ぶりに龍山寺に行ってきました。おみくじは大吉で大喜びです。

●サウナとマッサージ

あまりにもヘトヘトになったので、偵察も兼ねてサウナに行ってきました。ゲストハウスはシャワーのみなので、久々に湯船につかって汗を流して極楽でした。そして、足の疲れをほぐすために足マッサージ。台湾のマッサージは僕にとっては痛すぎます。いつも加減してもらっています。

●ローカルバス

僕は海外でも日本と同様、主に電車を使って移動します。そして最近はバス移動の楽しさにも目覚めてきています。Googleマップで移動手段を検索すると、バスNoも結果に表示され、簡単に乗ることが出来ます(※但し、若干情報が古いのか、バスNoがバス停に表示されていないことが何回かありました)。しかも台北市内だったら1回50円くらいで乗れます。景色も見えるので地下鉄よりも楽しいです。更には、地下鉄のようにホームまで歩く手間が省けるので楽チンです。

主にはこんな感じですかね。全く高級志向ではないのですが、安く楽しむことが出来ました。

 

そして、今回の旅を感性に着目して振り返ると、以下のようなことを思いつきました。

「街」を体感して自分の行動範囲を広げる

●価値観を揺さぶる

●思考を止める

●行動力を高める

●本能・欲求を呼び覚ます

●美に触れる

それぞれの内容については、次回に書きます。

「働き方改革」時代を迎えて。自分の人生を見直そう。

今、政府では「働き方改革」と呼ばれる、労働のあり方について議論して新しい方針を打ち出そうとしています。

これは、マクロ的には少子高齢化による労働力不足の解決策の1つというのがその理由です。そのために産業から産業への人材の流動化を実現したり、ニート障がい者、あるいは出産子育て中のパパママなどの潜在的労働力を提供しやすくしたり、条件付きで移民を受け入れたり、労働者を酷使するブラック企業に厳しい姿勢を打ち出したり(その姿勢を示すため、電通さんがロックオンされてしまいました)、企業内の適材適所を実現したり流動化を高めたり、人材流動化を促進する担い手としてキャリア・コンサルタントを骨格資格にして有資格者を増やそうとしたり、かなり広範囲かつこれまでになかった深いレベルまで切り込んで取り組んでいる印象です。

私も企業人事に携わっていた人間の1人として、その動向には大変注目しています。そして、世の中が良い方向に向かってくれることを願うのみです。

これらの政策や世の中の価値観の変化、企業の施策が変わってくることも時間の問題ですが、働く人個々人が備えておかなければならないこと。

それは、「働き方の意識改革」です。

皆さんは自分が何の制約もなかったとしたら、どのような働き方を望むでしょうか?

今の世の中の価値観は、「一流大学を出て一流企業か公務員になって安定した人生を過ごす」ところに大きなマジョリティがあると思っています。特に親世代がそのような思考なので、子供にもそれを望んでしまう人が多いように思います。自分の場合は、「転職を重ねながらキャリアアップしていく」という価値観で動いていたので、多少のリスクは取っていましたが、このようなキャリアも昨今では別に珍しくはなくなりました。それでも、「会社勤めから独立して起業したりフリーランスで働く」ことを選択する人はまだまだマイノリティでしょう。

このマイノリティ部分は今でも厳しいと思われていますが、世の中も進化している中、果たして本当に厳しいのでしょうか?そもそも「自分自身の価値で稼ぐ」ということを真剣に考えたことがあるでしょうか?僕は、殆どの人はそこは考えていない、あるいは考えたくない所ではないのかと思います。ここを明らかにすればするほど自分の価値に値段がついてしまうので。

 

僕思うんです。大手企業で高給取りの人ほど、「現在の給料」と「自分の価値」の差がつきやすいのでは?、と。だって現在の給料は様々なプレミアムやレバレッジがきいています。だから給料も良くなる。だけどそれは殆どの場合、その企業の価値であって個人の価値ではないんですよね。スキルの高さは、世の中に裸で放りだれた時にそんなに差がつかないのでは思います。すなわち、中小企業で平均的な人材と大手企業で高給取りでは自分の価値にさほど差はなく、現在の給料で格差があるので、「現在の給料」と「自分の価値」の差がつきやすくなっている、というわけです。

 

話が脱線しましたが、とにかく「自分自身の価値で稼ぐ」ためには、自分はそもそもどういう人生を歩みたくて、世の中にどのような価値を提供し、周囲の人にどのような影響を与え、どのようなワークスタイルで、他人とどうつながりながら成果を上げて、どれくらいの収入を得たいのか?と言ったこと(ここで挙げたものは一例です)を自問自答、あるいは他人と対話しながら練り上げていくのか。いわば人生の設計図を描く必要があります。しかも、変化することが大前提の設計図なので、なおのこと「自分が普遍的に大事にしていること」を骨太の方針として確立させなければならないのです。

 

自分で出来る「働き方改革」とは、実は「自分の人生改革」なのです。

ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、自分自身が自らの今後の仕事をどうしようか考えていく際に、自分のライフスタイルに仕事をどう位置づけるかを考え、そうなると人生全体を未来軸の中で捉えていくようになりました。

そしてその考え方に基づく目標を定め、アクションプランを練って今まさに実行を開始したところです。

例えば、以下のようなことを目標にしています。

フリーランスで生計を立てる

●新しい価値を創造する

●豊かな人生を過ごす

●ポカポカを大切にする(気温、日当たり、人間関係など)

ユニークさと知的好奇心をいつも持っている

●キャリアを軸に高付加価値サービスを世の中に提供していく

●顧客は、企業、個人、教育機関とする

●オフィスを持たずに色々な場所で働く

●会社員時代の倍稼ぐ(本当はもっと欲しいけど、当面の目標として)

●自分の価値は時給で測定する(時給を上げて労働時間を減らす)

●気の合う新しい仲間とつながる

●親兄弟やパートナーとの関係を再構築する

●余暇を楽しむ(僕は、心身の健康維持に関すること、自然と遊ぶこと、世界を旅すること、を挙げました)

●自分の未来を創造する可能性のあるものを学ぶ(これは、放送大学で世界のこと、キャリアコンサルタント仲間との勉強会、英語、ヨガと瞑想の勉強、を挙げました)

 

実は、僕は上記の目標を立てるに至るまでに、会社退職後の2015年8月から今である2016年12月まで、1年5ヶ月かかっています。小難しく言い換えると、自分の脱構築及び再構築に約1年半要したということです。

これが早いのか遅いのかは全く分かりません。人によって全然違ってしまうのでしょうね。そういう経緯を経て、「自分の働き改革」の方向性が見えてきました。

 

今年も12月に入り、来年も迫ってきました。是非12月というタイミングで自分の人生について色々と思いを馳せ、来年の目標につながる新しいことを1つでも発見してみてください。そのようなことが、段々と幸せな人生に繋がっていくと信じています。

 

サニー・ハンセンの思想は日本の実情を踏まえて再定義する必要があると思います

前回に引き続き、サニー・ハンセンの「統合的ライフ・プランニング」について考えてみたいと思います。

今回のテーマは、「サニー・ハンセンの思想を現代日本的にアレンジするとどうなるか?」です。それを考えてみようと思ったきっかけは、前回ブログの終わりにも書いた、「日米における精神性の違い」でした。サニー・ハンセンの「統合的ライフ・プランニング」には6つの重要な課題を挙げています。

【統合的ライフ・プランニングにおける人生の4つの役割】

1.労働(仕事)

2.愛(家庭と子育て)

3.学習(公式および非公式な教育)

4.余暇(仕事以外に従事する活動)

 

【「統合的ライフ・プランニング」の6つの重要な課題】

1.グローバルな視点から仕事を探す

2.人生を意味のある全体の中に織り込む

3.家族と人生をつなぐ

4.多元性と包括性に価値を置く(文化的感受性を高める)

5.スピリチュアリティと人生の目的を探求する

6.個人の転機と組織の変化のマネジメント

※なお、サニー・ハンセンはその後「健康」を加えていますので、以後の文章では「7.健康」と加えて7つの課題とします。

 

この7つの重要課題なのですが、「フムフム」と素直に同意できる点がある一方で、「それ、ちょっと日本の実情に合っていないのでは?」と感じる点があるのです。

どのあたりに違和感を感じるのか、それは特に以下の課題です。

1.グローバルな視点から仕事を探す

日本でもグローバル企業では、東南アジアや南米、アフリカなどへの新興国への赴任も増えてきましたが、日本を離れて働きたいと思っているビジネスパーソンはまだまだ少数派です。すなわち、欧米と日本ではグローバルの進展度に大きな差があります。それに加えて日本人は多様性、言語の壁、内弁慶的な志向など特有の性質を加味すると、「グローバルな視点から仕事を探す」は未来の大きな目標として、現実妥当的な課題に置き換える必要があると考えます。

3.家族と人生をつなぐ

「家族と人生をつなぐ」という課題自体は全くその通りだと思います。僕が違和感を感じたのは、サニー・ハンセンが特に家庭の中で男性と女性が共同でキャリアプランニングを行う必要がある、ということを強調している点です。このことを否定するのではなく、日本には日本人特有の家族とのつながり方があることを加味すべきだと感じたからです。例えば、以下のような点ですね。

少子高齢化 ⇒ 年老いた両親の介護や費用面の支援、子育て環境の悪さ、パートナーを持たない独身男女の増加

●労働 ⇒ ワークライフバランスの取れた労働環境の乏しさ、会社と社員の関係が未だに従属的(精神面の従属性や自立意識の乏しさも含めて)

年老いた両親との関係だって家族とのつながりだし、家族とのつながりが弱くなった独身男女がそれをどのように認識するか、なども考慮した上で、日本流に「家族と人生をつなぐ」ことを定義したらいいのではないかと思いました。

4.多元性と包括性に価値を置く(文化的感受性を高める)

これも上記と同様、課題自体には全面的に同意です。ここで考えたくなったのは、やはり西洋人と日本人の精神性の違いです。そもそも西洋人は多民族国家が多く、歴史的にも多様性と包括性の重要性はとても感じています。ダイバーシティマネジメントなんて欧米の企業は日本の企業が高度成長期で一生懸命やっている中、とっくにやっていました。でも日本は「ムラ」社会ですからね。封建時代は町や村単位で長い時間をかけて価値観がすりあわされており、戦後は企業が「ムラ」の役割を果たしました。「同一性」であることが物凄く重要だったわけです。その「企業ムラ」が失われた20年を経ていよいよ崩れようとしている、そんな時代を今迎えているのではないでしょうか。

ということで、「多元性と包括性に価値を置く」はやはり大きな目標として掲げておいて、日本向けの現実打倒的な多元性と包括性を定義すべきではないかと考えました。

5.スピリチュアリティと人生の目的を探求する

これは、前回述べた通りです。

ハンセン自体の精神性が高いこと、またハンセンの周囲の人たちの精神性もまた高いんだろうな?と感じます。一方で精神性の高さという面での日米格差は存在しているのか?、という素朴な疑問を感じます。

日本占領軍の司令官マッカーサーが日本を去る際に、「日本人の精神年齢は12歳だ」と言ったことは、現代にも通じるような気がしてなりません。

 ここも、日本の現状を踏まえた定義が必要なところだと感じます。

 

以上ですが、読者(いるのか知りませんが)の方はどのように考えるでしょうか?なお、現時点では私なりの定義は持っておりません。でも考えてみたいので少し時間を下さい。

好きなキャリア理論や思想がありますか?

僕はキャリアコンサルタント資格の取得を目指して勉強している一受験生に過ぎませんが、キャリア理論を学んでいて好きな理論や思想が出来ました。

 

理論では、なんといってもマーク・L・サビカス先生の「キャリア構成理論」です。

キャリア構成理論は、構成主義(ナラティブアプローチ)という新しい視点をキャリア理論に取り入れ、「人は職業行動と職業経験に意味を付与することにより、自らのキャリアを構成する」と考えます。そして、客観的なキャリア(年収、ポスト、経験した職歴等)よりも「意味のあるストーリー」を生み出す、1つのまとまりとしての主観的なキャリアを重視し、過去の記憶、現在の経験、そして将来の抱負に意味を与える主観的な構成体としてのキャリアに焦点を当てるという考え方です。

客観的ではなく主体的にキャリアを考えるという点では、ダグラス・T・ホールの「プロティアン・キャリア」という考え方と重複しています。プロティアン・キャリアとは、一言で言ってしまえばキャリアにおいて個人の心理的成功を目指す考え方です。すなわち主観的なキャリアです。

 

サビカスもホールも比較的新しいキャリア理論ですが、これは従来のキャリア理論のベースとなっていた社会の状況が通用しなくなってきており、価値や行動の基盤を個人に求めていかなければ理論が成立しなくなってきたことを意味すると考えています。

日本社会においても、20世紀と21世紀では社内のあり方が大きく変容しました。

・1つの会社でキャリアが完結⇒終身雇用の崩壊、非正規雇用の増加

・結婚して家を買って子供を設けて教育に力を入れる⇒多くの独身者、不安定な状況でのローンのリスク増大、子育ての難しさやリスク

・男が労働、女は家庭⇒共働き、育児や家事も協働

・仕事を引退してそのうち死ぬ⇒超長寿社会への突入による長生きリスク

・熟練した職人への尊敬⇒熟練の技も思考を伴うクリエイティブな仕事もAIに置き換えられる可能性

挙げればきりがありません。

 

しかし、このような新しい社会が登場しているにも関わらず、キャリアの観点から捉えた最も大きな課題は「個人の価値観の変化が、社会の変化に全く追いついていない」ことです。特に45歳以上の中高年層は致命的と思えるほどです。

終身雇用や年功序列的な価値観にどっぷりと浸り、今の会社で多少の不遇を受けようともなんとか逃げ切ろうと思っている人は、会社の下の世代に相当な悪影響を与えていることは少しでも自覚すべきだと思います。

 

話が少し脱線してきました。社会が変化すれば会社も変化します。終身雇用の崩壊や非正規雇用の増加は、厳しい経済環境の中で正社員全員を高い人件費で一生抱えることが出来なくなり、しかし抱えた人材は日本の厳しい解雇規制の中ではリリースできないので、簡単に首が切れる非正規雇用派遣社員を増やしただけのことです。

このような環境になっている以上、求められるのは個人の自立であり主体的な人生設計のはずです。しかし、多くのビジネスパーソンは相変わらず会社主体のキャリアライフを描いています。

個人の自立は抽象的な概念なので、具体的に定義するとすれば「個人の自立とは、自分の人生や時間を自分がコントロール出来ていると感じること」です。

そして、自分主体の人生を歩む上で、サビカスやホールの考え方はとても参考になると思います。

 

そしてキャリアの思想として好きなのは、L・サニー・ハンセンの「統合的ライフ・プランニング」の考え方です。彼女は、人生には4つの役割があり、それらが統合されるべきだとしています。4つの役割は、以下のとおりです。

1.労働(仕事)

2.愛(家庭と子育て)

3.学習(公式および非公式な教育)

4.余暇(仕事以外に従事する活動)

これらをキルトのように組み合わせることで意味のある全体になる、としています。

そして、「統合的ライフ・プランニング」には6つの重要な課題があるとしています。

1.グローバルな視点から仕事を探す

2.人生を意味のある全体の中に織り込む

3.家族と人生をつなぐ

4.多元性と包括性に価値を置く(文化的感受性を高める)

5.スピリチュアリティと人生の目的を探求する

6.個人の転機と組織の変化のマネジメント

 

それぞれを詳細に述べることはしませんが、特に自分がシビれたのは「5.スピリチュアリティと人生の目的を探求する」です。日本人の殆どが宗教と聞けば「胡散臭い」と脊髄反射的に感じてしまうので、宗教の中にある「宗教性」の重要性に気がついていないのです。自分は今ヨガや瞑想を学んでいますが、そこでは宗教性を以下のように定義しています。

・自分を超越する「大いなるものの存在」を感じる

・霊的に進化する

上記が宗教性の定義として包括的かどうかは置いておいて、いずれにしても普段から「スピリチュアリティ」を意識しているビジネスパーソンがどの程度いらっしゃるでしょうか?そして、キャリア研究者や実践家の中でもスピリチュアリティ」を考え、それを体験したり日常の中で習慣化している方はどの程度いらっしゃるでしょうか?

この学問を修める上での精神性の差が、如実に出ているのがハンセンの思想だと感じました。

 

ハンセン自体の精神性が高いこと、またハンセンの周囲の人たちの精神性もまた高いんだろうな?と感じます。一方で精神性の高さという面での日米格差は存在しているのか?、という素朴な疑問を感じます。

日本占領軍の司令官マッカーサーが日本を去る際に、「日本人の精神年齢は12歳だ」と言ったことは、現代にも通じるような気がしてなりません。

 

日本人のキャリアの自立について大切な5つのこと

現代日本は、自分を取り巻く環境が大きく変化しようとしています。

グローバル化の進展

◆IT化(AI、ビックデータ)

◆地球環境の破壊と配慮

少子高齢化と人口減少

◆収入の二極化と差の拡大

まだまだ色々あります。

一言でまとめてしまうと、「不安定で先の読めない社会の到来」と言えるかと思います。マクロ環境の変化は、ミクロである我々一人ひとりにも容赦なく襲ってくるわけですが、一律的なルールや成功法則らしきものがない以上、価値観は多様化していくのが道理であり、自己に対して自律が求められています。

これはキャリアにおいても全く当てはまります。

これまでのビジネスパーソンは会社に所属して組織内でキャリア開発を行っていくことが主流でした。組織主導のキャリアマネジメントが行われる結果、個々人におけるキャリア自立意識はだんだん弱まっていき、気がつくと組織外も含めたキャリア選択など考えられなくなってしまいます。

特にバブル期以前のビジネスパーソンは完全に会社べったりだったところに、雇用における急激な環境変化の波にさらされ、リストラや不本意な異動、60歳以後の再雇用における屈辱的処遇など、会社にとってやりたい放題の場になっていると個人的に感じます。しかし、今さら会社外で生きていく道を探すことはかなり難しいと感じる方も多数いるでしょう。なので、理不尽な会社からの要求を呑まざるを得なくなっているのです。

なお、キャリアの自立を考える際、お金のことも合わせて自立しておかなければならないのですが、こちらも絶望的に欠けている意識・スキルです。家や教育ローンに追われている人に投資概念は残念ながら殆ど持っていません。収入は給与一本やりなのです。当然会社をおいそれとは辞められないですよね。

 

では、キャリアの自立とはどのような状態を指すのでしょうか?ブログ界で大切なテクニックとして伝承されている?、「5つのこと」でまとめました。

1.社会全体や人生全体といった大きな枠組みから自分のライフキャリアを考え、組織にとらわれない将来の方向性を見出している

2.個として完全に自立している

3.社会や人との繋がりが実感できる場所を職場・家族以外に持っている

4.自分の強みを金に変換できる

5.研鑽を積み、成長を楽しんでいる

 

1つひとつ説明します。

 

1.社会全体や人生全体といった大きな枠組みから自分のライフキャリアを考え、組織にとらわれない将来の方向性を見出している

これは先にも述べていた「現組織の枠に枠にとらわれない」ことを当然含みます。繋がるべきは現会社ではなく社会全体です。社会の中で自分は今どこに立っているのか?まずはそこから考えることがスタートです。そして、「仕事」という役割の意味づけを人生全体から考えることも必要です。

キャリア理論として、L・サニー・ハンセンの考え方が参考になります。彼女は人生を意味ある一つのものに統合するとして、「統合的ライフ・プランニング」を提唱しています。自分の人生を意味のある全体の中に織り込むということが「人生というキルト」を作るためには重要な課題と述べています。

 

2.個として完全に自立している

社会や人と繋がりながら個の存在を十分に意識して生きているかどうかです。これは別に会社勤めであっても出来ることです。個として自立するためには、個人のスキルを磨いたり、お金のこともケアしておく必要があります。

 

3.社会や人との繋がりが実感できる場所を職場・家族以外に持っている

個として完全に自立するからこそ、職場や家族以外にも社会や人との接点を持っておくことは極めて重要なこととなります。

少し話は逸れますが、ここは日本人の持つ特性を良く理解しておく必要があります。日本は古来より家長を主と置き、家族の繋がりは現代社会よりもはるかに濃いものでした。そこには、個と個を結び付ける共同体として存在し、ご近所さんとも長年の付き合いがあり、村や町内会のような繋がりも強固に存在していました。しかし、太平洋戦争後、日本が戦後の復興をひた走る中で会社組織が従来の家族やご近所づきあいに代わる共同体となったのです。会社は社員の一致団結の元、急速に成長して社員に報いてきました。その後バブル崩壊後、「失われた20年」は、会社と社員の関係も大きく変えてきました。その大きな変化の根本的な前提として、既に会社は社員全員を定年まで守り切る役割を放棄しています。すなわち、個人が安心感を感じられる共同体としての役割を果たせないことを意味するわけです。

だから個人はもっと意識して、会社や家族以外での社会や人との繋がりが実感できる場所を開拓しなければならないのです。

残念なことに、ここで私が述べていることは、残念ながらキャリアや人材マネジメントの観点からは殆ど触れられていません。人生を幸せに生きていくためにはとても大切なことなのですがね。

 

4.自分の強みを金に変換できる

これは、私も独立してから急速かつ急激に意識したことなので、偉そうに言える資格はありませんが、自立した生き方にするためにもとても大切なことだと思います。

色々な方法がありますが、一番簡単な証明方法は「転職できるかどうか」です。その他仕事系ですとスキル系を切り売りするようなビジネスや、フリーランスとして登録するサイトなどがありますし、講演して金を稼ぐ、サイトを立ち上げてWebで稼ぐするなどもありです。趣味でも何かを売る、人に教えるなどで金を稼ぐことが可能です。

要は給料以外に稼ぐ手段を持っていますか?持っていない場合はちゃんと意識して生きていますか?

 

5.研鑽を積み、成長を楽しんでいる

私も社会人になってから、大学院に通ったり、英語のスパルタ塾に行ったり、フィリピンに語学留学したり、今はキャリア資格取得のための学校に通うなど、学習についてそれなりの金と時間を投資してきました。そのような話をすると「スゴイ!」とか「自分には出来ない」という反応が多いのですが、私にとって学ぶということは収入を増やす手段であり、知的好奇心を刺激して生きる楽しみを増やすことであり、仲間と出会う場です。学びは人生を豊かにしてくれると断言します。そして、「人はいくつになっても成長できる」という人間観を持つことは、自分にも周囲にもきっと好影響を及ぼすことでしょう。

 

なんかキャリアの自立の状態を書いていたつもりが、自己啓発みたいな内容になってしまいました。